そして僕は日記を書くのだ
先日Sylpheedと言うフリーのメールソフトがインストールの必要が無い上に、Gmailの受信が可能、更に迷惑メールフィルタまで搭載していると言う事を知り、メールソフトをThunderbirdからSylpheedに変えてみる事にした。最初SylpheedでのGmailの受信方法が分からず、色々やっているうちに過去にGmailで送ったメールがすべて受信された。懐かしさもありそれを見てみると9月に友人へ出したメールを最後に終わっている。そして僕の記憶が確かならば、そのメールに対する返事は来ている。更に僕の記憶が確かならばそのメールの返事は出していない。いや違う。記憶が確かならばなどと言う曖昧なものではない。確かに僕はメールを送っていない。メールの返信が届いたその日、そのメールに対する返事は書いた。しかし僕のミスでその返事を消してしまい、書き直すのが面倒でそのまま先送りにしてしまったのだ。その事実をSylpheedは僕に見せ付けた。これは良心の呵責を覚える訳ですよ。メールを書く時間ぐらいあったのにグダグダと先送りにしてメールを返さない僕。そのせいでメールの内容が腐っていくのを見てみぬフリをする僕。パソコンの調子が悪くなり、OSを入れ直した時にバックアップを取り忘れメールのデータが消えて返信がより困難な状況をまねいたのにまだ見てみぬふりをする僕。そしてSylpheedからその事実を向けられても目をそむけ、記憶の改ざんまでしようとする僕。……あーそうなのだ。僕なんて、死ねばいいのだ。
そんなローテンションになった日。日記を書きたくなったのです。
そしてまだメールを返していない僕。
そんなローテンションになった日。日記を書きたくなったのです。
そしてまだメールを返していない僕。





